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久しぶりのブログ
味菜だより          平成24年3月3日
随分長く、ブログをお休みしていました。
昨年は、10月20日に私の母が亡くなり、続いて12月5日、夫の母を亡くして、続けての不幸に、精神的に落ち込みました。法要などあわただしく過ごして、落ち着きませんでした。寒い冬がやっと終わりを告げ、春がすんなりとやってくるかと期待していましたが、気温が上がりだして、ずっと雨続き。うんざり状態です。我が家は、豚の放牧場に田んぼを利用していますので、水が掃けず、水溜りがあちこちに出来て、えさやりも大変です。我が家の場合、餌は電気柵をまたいで、放牧場の中に餌を運びびれて食べさせます。
赤土で、豚が鼻でかき混ぜた泥んこがすべり全身に力が入り、足や、腰や、腕、肩、筋肉痛で凝り固まっています。今月62歳になる老体には厳しい現状です。
こんな雨でも豚たちは食欲旺盛。餌に飛びついてきます。えさやり場を作らないと厳しいと言いつつ、毎日の作業に追われて、一向に出来ません。
寒い冬の間も、子豚は次々に生まれました。と言いましても、相変わらず我が家の販売ペースにあわせて、毎月一回の出産ペースです。気温が下がる、冬の出産は、毎回ですがしっかり土着菌を醗酵させて、出産用の醗酵床を作ります。地温早く20度。ぬくぬくとして、子豚は元気に育ちます。我が家の豚は、母か父のどちらかを、黒豚にしています。
半分はイノブタが中心になりますが、野生の血はやはりすごくて、生命力が違います。生まれて3日めには走り回ります。この生命力で、自然界でもどんどん増えているのでしょう。すごく賢くて、ジャンプする力はすごい!良く見ると御尻が小さい。豚と大きく違うのはお尻に肉がつかないことです。体全体が丸くて、豚とは大違いです。
肉にして見ますと、ばら肉が多くて、モモ肉が少ない。肉を販売する方からしますと、モモ肉が取れませんので、大変ですが、やはり、この生命力がなんとも魅力的。
放牧場に入れますと、頭がいいので、電気柵に近づきませんので、飼い方が難しいことはありません。人に良く慣れますし、飼いやすいと言えます。
春のこの時期は、竹林に放すと、筍を食べて大喜びするのですが、放牧を休ませている間に、竹が伸び放題。電気柵をするには、竹切からはじめなくてはなりません。
崖の竹きりは体力勝負。息子の手伝いがなかなか難しくなってきた老体です。
そろそろ、定年退職の日も近いようです。
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by ajisaishizenmura | 2012-03-04 09:26
アクシデント
味菜便り       平成23年10月6日
今朝は、とてもいい天気で、気温もぐんぐん上がり、気持ちのいい秋晴れです。
黄金色の稲穂、ススキ、どれも綺麗ですね!!秋のとても綺麗な風景です。
今朝は豚を屠殺場に連れて行く日で、昨日は断食をさせて、朝、車に乗せて出て行きました。送り出して、15分位して息子から電話がかかりました。豚が脱走したといいます。
枠の屋根を飛び越えて、車から飛び降りたようです。友人のお百姓さんに電話して、車に乗せるための、梯子を持ち、現地へ走りました。すると、トンネルの出口で、3人で豚を囲んで待つのが見えました。息子一人で、困っている所を、後ろから来た、お年寄りが助けてくださり、その後又一人、お若い方が助けに止まってくださったようです。お名前を伺いますと、「こんなときは、お互い様だから名前なんか良いよ」と車に戻られました。
ただただ、ご親切にしていただいたことに感謝して、ありがとうございましたとお伝えしました。忙しい世の中、見ていてもなかなか助けに止まろうとする方は少ないと思います。
ご親切が、とても嬉しく、息子には、困った人がいたら、必ず助ける心を、あなたも持ちなさいといいましたが、本当に助かりました。事故などにならなくて、本当に良かった!
飛び降りた豚は、怪我もせず元気でした。
何があるかわかりません。出荷用の枠の天井を板で覆うことにしました。
大変な1日でした!
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by ajisaishizenmura | 2011-10-06 13:33
葉っぱのフレディ
味菜便り
『僕達は葉っぱに生まれて、葉っぱの仕事を全部やった。太陽や月から光をもらい雨や風に励まされて、木のためにもひとのためにも立派な役割を果たしたのさ。だからひっこすのだよ。』
「童話の葉っぱのフレディ」の話が、毎日新聞の余禄に書かれていました。冬の訪れと共に役目を終えて土に返っていく葉っぱが教えてくれる命の循環。大地に吸い込まれていく葉っぱだけではなく、大木も何時か死ぬ。『でも、命は永遠にいきているんだよ。』
その落ち葉を介した命のサイクルに放射能物質が入り込んだ。
命と相いれぬ忌まわしい異物が入り込んだ。大いなる命の営みの輪の中にあって、なんとも罪深く、肩身がせまい人間であると、結んでいました。

『命は、永遠に生きる』
その一節に心を打たれました。
私たち人間の命も永遠であり続けたい。子から孫へ、その命は永遠に続く。
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by ajisaishizenmura | 2011-10-04 06:35
ソトコト 取材
味菜だより                 平成23年8月26日
ずいぶん長い間、ブログを書くことも出来ない毎日の忙しさでした。
今年は、異常に雨が多くて、ずっと悩まされ続けました。
台風も早くから近づいて、お盆後は秋雨前線が居座り、2週間以上、梅雨と同じ、状況で毎日毎日雨が降り続いて、時々、ゲリラ的に大雨になり、豚舎内の排水があふれて、大慌てすることもたびたび。仕事に追われて、疲労が重なり、夜は必ず9時にはベットに入り新聞や本を読み、そのまま眠りにつく、有様です。とにかく、自分の健康管理が最重要課題です。
息子が先日、夏風邪から、高熱を出しました。40度を越えて、夜あわてて病院に行きました。
疲労が重なると、体力が落ちて、病気に負けます。熱がでても仕事を変わってくれる人はいません。頑張らないといけません。健康管理が大切と充分感じた時でした。
さて、7月末、雑誌『ソトコト』編集部の方からお電話をいただき、取材の申し込みをいただきました。こんな小さな、親子2人の養豚農家が取材の対象になるとは思いもしませんでしたが、是非にと言われて、旅行に来る感覚でお楽しみくださいとお引き受けいたしました。
8月4日、5日と来られました。我が家にお泊まりいただき、夜も遅くまで話に花が咲いて楽しい時間を過ごしました。
4日夜10時頃、黒豚の母が、出産を始めて、皆さんが飛んで行き、出産を見ることが出来ました。随分感動してくださり、いいお写真も撮ってくださいました。
9月5日発売の10月号ソトコトです。是非皆さん我が家を見てください。
8ページに渡り、写真も大きく紹介されています。
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by ajisaishizenmura | 2011-08-26 10:20
台風1号の影響
味菜だより
先週は、雨がずっと続いて、大変でした!豚舎の中は、水浸し、雨が振り込まないように、ブルーシートを張り巡らしましたが、霧が深くて、全てを湿らせてしまい、子豚が眠る場所を確保してやるだけで、精一杯でした。放牧場は、まるで、湖状態。田んぼの放牧場は水がたまり、豚の眠る小屋は高床にしていますが、それでも水が入り、排水作業を雨の中ずぶぬれでしましたが、合羽が水を通してしまい、何度も着替えて、洗濯の山。洗濯物を乾かすのに、乾燥機を回します。
乾燥機を使いながら、これが贅沢。何も考えず、使ってきた自分が居ます。何もかも電化した生活が普通になり、田舎に住む我が家でも、使用電力が増えてしまっています。
といって、家中に洗濯物を下げることも出来ず、変えの作業着も欲しくて、乾燥機を使ってしまいました。節電と口にしながら、こんなていたらくです。
便利に生きてしまうと、それが当たり前になり、ない生活を思い出せなくなっています。
もう一度、昔の生活を思い出して、考え直さなくては、、、と反省しています。
生きる知恵がなくなりました。
さて、震災から、2ヶ月、じわりじわりと、我が家にも影響が出てきました。レストランさんのお肉の売れが悪くなってきました。
ここは我慢のしどころ。我が家の場合、販売は全て自分でして居ますので、売り先の確保は重大なことです。その上、我が家は、部分売りはしません。1頭の命を粗末にすることなく、全てを使い切りましょう。それが人間のために命をささげてくれる豚への心。
と考えて、やせ我慢して、必死に、この考え方に賛同してくださる方だけとお取引をしていただいています。又、えさは、全て、人間が食べ残したもので、それを毎日集めて周り、大きな釜で煮て殺菌して、それを別の容器に移して、植物乳酸菌を入れて3日間醗酵させて,食べさせる方法です。残飯養豚を嫌う人が多くて、それもご理解いただくのに一苦労です。生ゴミを燃やしてしまう世の中にしてしまった、功罪は大きいと私は思います。
まず人間が食べ、その残したものを、豚が食べ、その糞を畑に戻して、野菜を作る。
すると、全てが無駄なく、処理されます。
これからの、生き方の原点はここにヒントがあると思います。無駄を出さない、必ず、又元に戻る。
おいしいお肉を作り、競争に勝とう!と考えれば、残飯養豚はスタートラインで、取り入れられないのでしょう。残飯養豚の肉の脂肪が、黄色いと言う人が居ます。
けっして、そんなことはありません。人間が食べ残した、野菜の根や、葉、皮。ご飯。魚の骨、副食の残り。果物の残り。なんともバラエティーにとんだ、いいメニューです。
なんといっても、人間が食べた残りです。残飯が悪いといったら、人間が食べたものが悪いということです。
誰かが、何かの考えがあり、世の中の風潮をリードしたとしか思えません。

我が家の経営は、月に5頭の豚が売れれば、それ以上は望んできませんでしたが、それも震災後減り、毎月4頭が精一杯。又自転車操業に戻りました。
それでも、息子いわく、又節約した生活に戻って暮らせばいい。
私たちの、頑張りの元はなんだろうと考えると、自然だけです。
春は、野山にいろいろな花が咲き、孫のためにと植えた、果樹が花をつけて、蜂が飛び、天道虫を見つけ、鶯の鳴き声に癒され、子豚が新しい命を生み出した!と喜び、他には何もありません。
それでも、人をうらやましく思ったり、妬んだり、そんな気持ちにはなったことがありません。それだけ、自然は優しい気持ちに癒してくれます。
かけがえのない、自然豊かな、我が家です。
こんなときだからこそ、心を豊かに、笑顔を作り出す食の安全安心が必要です。
頑張ります!!
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by ajisaishizenmura | 2011-05-15 10:17
母の日
味菜だより             平成23年5月8日
長かった連休が終わり、英気を養った人、張り切りすぎて疲れた人、明日からの生活頑張りましょう!!
我が家も、娘が帰ってきて、張り切って手伝いをしてくれました。息子いわく、毎日、おいしいお食事にありつけて、一番嬉しいと、、、、。夕方遅くまで働く、私に取り、帰ってきて夕食が出来ていて、食べるだけ、なんとも幸せでした。小さな時から、台所仕事をしていました娘はお料理上手で、手早くおいしいものを、ある材料で作ってくれます。茶碗蒸し、豚肉のホイル焼き、ポークシチュー、山菜のてんぷら、どれも絶品でした。
子供の出来ない娘のために、私が2人の子を出産する時、願掛けを致しました、佐賀県北方の高野寺に行って子授けの願掛けをして、2人の子の健康と成功をお祈りしていただきました。ずっと気がかりでしたので、ホット致しました。
3日には、息子の結婚を約束する、彼女も合流。楽しい数日を送りました。
老人ホームで寝たきりの、夫の母に息子のフィアンセと対面してもらいました。
『いいお嬢さんたい』母はそういいました。99歳の母です。
震災にあわれた、東北の皆さんは、連休どころではなく、苦しい生活を強いられて、将来の不安で、心が折れそうになっておられる方も大勢居られます。
家族の絆作りをした、数日でした。
今日は、母の日。
母であることが、幸せに思える、面映い子供達からの感謝の言葉とお花でした。
先日、仙台のイタリアンレストラン、アルフィオーレの目黒シェフから、お肉のお礼のメールを頂きました。
お若い方ですが、考え方が、ものすごく大人で、職人気質ですばらしいハートの持ち主でした。震災の少し前に、お取引を頂き始めて、すばらしい人柄に、この方のために、もっといい豚を育ててみたいと感じさせていただきました。
我が家のお肉を持ち、被災地で、バーベキューをして、振舞ってくださったそうです。
あちこちで炊き出しをして回り、多くの人の心を、おいしさで、幸せな気分にして差し上げることの出来る、目黒さんを心から尊敬いたします。
苦しい、震災の地で、きっとすばらしい、新しい生き方を私達に教えてくれると信じています。頑張りましょう!!
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by ajisaishizenmura | 2011-05-08 18:15
4月22日の出産
4月22日朝の出産!!
このところの息子は、出産のタイミングを良く見極めるようになり、放牧場から前日の木曜日に産室に引っ越してきました。お腹はたれて、おっぱいはパンパン見た目ではすぐにも出産ではないかと思えるくらいでした。何時ものように、放牧場から、悠然と道路を歩いて産室に入りました。夕方、息子はおっぱいに触り、まだ出てこないから、まだかな?といっていました。しかし、次の日、金曜日の朝、6時半頃、仕事にでて、一番に見に行きますと、まさに産む瞬間で、見ている私の目の前で、1匹目を産み落としました!!
小さな、小さな命、懸命におっぱいに向かい、頑張る姿に感動してしまいます。何度も何度もその瞬間を見ていますが、何度見ても感動します。1匹目を産んでその次がなかなかでてきません。母はその後ぐっすり寝込んでいます。夜、産気が来て、産室の床にたくさん入れていた、落ち葉と、干草を、柔らかくかんで、しっかりとベットを作っていました。
その中で、グーグーといびきを掻いています。その日は丁度、長崎のフランス料理のレストランのシェフさんが見学にきたいと連絡が入っていました。その時間を待つように、10時半頃から、次々に生み始めました。夕方2時頃まで、15匹が生まれました!
ところが、母豚は、本当は母豚候補生ではなく、肉豚でしたが、養豚をスタートした頃まだまだ勉強不足で、オス豚と6ヶ月まで一緒に入れていて、いつの間にか、放牧場で交尾をしてしまっていました母です。おっぱいが13しかありません。
15匹全員元気ですが、その中に小さな、子豚が3匹います。きっとおっぱいを奪い合い、負けて、飲めなくて、元気をなくして死ぬだろうと生きると言うこと、強い命とは?と考えながら見ていました。次の日の朝、やはり、小さな命3匹は死んでいました。
体力が弱ると、母豚が起き上がり、踏まれないように逃げなくてはいけませんが、逃げきれなかったのでしょう。横たわっていました。
現在12匹元気にしていますが、その中に、おっぱいの出が悪い所を自分のおっぱいに選んだ子豚が2匹。3日目にして、もう大きさに差が付き、半分の大きさしかありません。
元気に生きられるか、心配で毎日みています。
見ていると、初乳の栄養の力をものすごく感じます。栄養の塊なのでしょう。3日目にして、プリプリと太りだしました。
母豚は、1時間ごと、ブーブーと声を出しておっぱいを飲みなさい!とサインを出します。
塊になり眠っていた仔豚はすぐに起き出して、自分のおっぱいを探します。どのおっぱいでも飲めるわけではありません。生まれて、一番に吸い付いたおっぱいが自分のおっぱいになります。匂いをつけるようです。下のおっぱいを選んだ豚は、背中に乗られて、苦しそうですが、それでも、必死でおっぱいにすがり付いています。
12匹が生きるために必死です。今朝はもう走り回りますし、じゃれあいますし、喧嘩もしています。子豚は3日間が危険な日でそれを過ぎると、後は、日に日に大きくなります。
後は、母のおっぱいで、2ヵ月半、離乳の日まで育ちます。
おっぱいって、本当にすごい!!
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by ajisaishizenmura | 2011-04-24 12:30
味菜だより  平成23年4月9日
『未曾有の国難』
大惨事を知り、改めて、地震の怖さを知り、体が震えてしまいました。その日から、一ヶ月がたとうとしています。東北地方の皆さんの、現在を知るたびに、心が痛み言葉が見つかりません。日本国中の人が、自分に出来ることは何か、考える、日々を与えられています。その上、福島原発の危機。原発には反対と声を上げていたつもりでしたが、何時の間にか、私も、安心安全と言い続ける、東電に、惑わされてしまっていました。
資源のない、国、日本に取り、一番最良の道だといい続けて、危機的状況へのバックアップも万全と信じ込んでしまっていた、自分を知ることになりました。
平和な生活の中に、どっぷりとつかり、危機意識を感じなくなっていることを恥じています。

『命てんでんこ』
86歳のおばあさんが、8歳の時に、地震における大津波を体験してとき、父親から教えられた言葉だと、語り部になり、作られた紙芝居で、子供達に教えてきていたと知りました。大津波の時、つないでいた手が離れたと、泣く人たちも居ましたが、本当に命てんでんこ。それぞれが、子供の時から、生きる力を見につけて、育たないと、生き延びることはできないと、教訓を知っておられました。その東北の人たちでも、守りきれない未曾有の災難。今回は考えられないほどの大惨事。
安心安全の中で生きる都会の人間には考えられないほどの、力を持つ東北魂に敬意を表します。優しさ、思いやり、どれをとってもすばらしい!隣近所の助け合い精神も、培っておられました。
日本人皆で、この災難を乗り切るつもりで頑張りましょう。
私達に出来ることは何か、今こそ考えましょう。 
『体験学習の子供達』
もう、10年も前になりますが、我が家で、友人ご夫妻の助けを借りて、家族の体験学習をしていました。当時、小さな子供だった子が、この春休み、次々に訪ねてきてくれました。高校や中学に合格したと言う報告。お母さんと一緒に、お手伝いを1日頑張ってくれました。力仕事も、平気でこなして、たくましさを感じて、嬉しくなりました。別の子は
中学三年生に進級。佐世保市である落語会で前座を務めるので、見に来て欲しいと、チケットを持って、訪ねてくれた子。
その中でも、一番身近に感じる子供達は、3年前から、お友達数人と、通い続けた、女の子。6年生を卒業して、中学受験で合格。我が家の体験学習も卒業になりました。
本当は伝えたいことがたくさんあったのですが、仕事をしながら、遊びに付き合うだけになってしまったこと、申し訳なく反省して終わりました。
10年前の体験学習が忘れられなくて、もう一度、挑戦してみたいとひそかに、そのチャンスを狙っています。
『子豚たち』
寒かった冬の間にも、たくさんの子豚が生まれました。中でも、イノブタの子は、寒空でも元気一杯で、その生命力の強さに驚きました。イノブタの母もとても子育てが上手で、豚のように母豚の寝返りで、子豚を敷くこともありません。自然界に生きる生命力を見せつけてくれました。我が家には、5年目の大きな母豚が居ますが、食べることにばかり貪欲で、ほかの豚の餌まで、取り上げて食べ続け、太りすぎになりました。子豚を出産しましたが、難産で、全て仮死状態で生まれて、生まれてすぐにおっぱいに向かわなくてはいけませんが動きません。全て死んでしまいました。こんな経験は初めてで、落ち込みました。人間も出産の時太り過ぎないようにと、注意されますが、まさに同じで、悲しい思いをしましたが、勉強させられました。
『春』
我が家の周りには、たくさんの花が咲き出しました。
桜も木蓮も、桃も、一度に咲きだして、心を癒してもらっています。
そろそろ、周りのお百姓さんたちは田んぼの準備に取り掛かりだしています。
つわの煮物。山菜のてんぷら。ワラビのお味噌汁。このところ、たくさんの山の幸で春を味わっています。残念なのは筍まだ一本も取れてないことです。イノシシが大暴れ、全ての筍は食べつくされています。そろそろ、飽きて食べないでくれないかと、毎日、みていますが、まだ一本もありません。今年は、ますます、イノシシが増えているようです。
『新しい仲間』
友人が、わざわざ、1日がかりで、福江島から、ハイポー豚の子豚をもらってきてくれました。養豚業を廃業されると言うことで、もらって欲しいと友人が頼まれて、我が家まで運んでくれました。まだ1ヶ月の小さな子豚で、今後、我が家の母豚候補生5頭、種豚候補生1頭。又、新しい、血が加わり、どんな子豚が生まれるか楽しみです。
友人には心から感謝です。
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by ajisaishizenmura | 2011-04-09 08:39
寒い冬の出産
味菜だより                    平成23年2月23日
やっと春らしくなりました!!町部より3度ほど気温が低い我が家で、やっと梅が咲きだしました。今年は、梅の手入れは全然出来てなくて、「梅切らぬ馬鹿」と言いますが、剪定作業をしていません。申し訳ない気持ちです。今年の冬は、寒さが厳しくて、毎日の作業に時間がかかり、豚の飼育だけで精一杯になりました。
冬になりますと、我が家の家の中は、まきストーブを焚きます。薪割りや煙突掃除が加わり、今年から、全てが息子の作業になってしまいました。膝が悪くて、屋根に上れなくなりました。今年は-5度を体感しました。その日は、さすがに、水道などが凍り、解けるのに午後までかかりました。そんな中でも、仔豚達は生まれました。現在子豚が約50頭います。一番寒い時は、出産床は醗酵床にして、地温を保ちますので仔豚達は元気です。
特に、イノシシの血が混ざりました、クオーターの豚は、生命力が強くて、生まれて3日目には、しっかり自分の足で、動き回れます。それに比べ、家畜として、改良が重ねられた豚は、しっかり力強く歩き回るには、1週間が必要なようです。自然界のイノシシは、すぐに立ち、自分の足で敵から逃げることが必要で、生きるためには自分で生き延びなくてはなりません。我が家には13頭の母豚がいます。その中に、食欲があまりに旺盛すぎて、何時もほかの豚の餌まで食べる、巨漢の母豚がいます。
太りすぎで、何時も出産では難産で、3頭くらいしか産めません。今回も随分大きなお腹をしていましたが、心配していましたら、午後から出産が始まり、夜までかかり、10匹を産みましたが、難産で、子豚は仮死状態で生まれ、生まれてもすぐにおっぱいに走ることが出来ません。次の日までに全てが死にました。初めての経験です。
豚の赤ちゃんは、生まれてすぐに初乳を飲み、体温が上がり、すぐに体が温まり、元気になりますが、自分の足で立ち、おっぱいを探し出すことが出来ないときは、死につながります。我が家では人間が手を貸すことは致しません。生きる力を持つ、命だけが生き残ることになります。前回も難産で、3匹しか産みませんので、もう1頭次の日うまれるように準備していました。もう1匹は、無事に出産して、上手に子育てしています。
イノブタは、愛情も深くて、2ヵ月半母乳を飲ませて、母豚はやせ細りましたので、離乳をさせるため、離しました。すると、ずっと母豚は泣き続けて、小屋から出たいと、子豚を心配して、あちこちの壁を壊していました。考えて見ますと、自然界でも、ずっと長く母豚と行動を共にします。イノブタも同じ行動を取るようです。
人間も、出産時太りすぎは駄目とお医者さんから注意されますが、こうして、目の前で、豚の出産を見ていて、なるほどと良くわかります。
こんな姿を是非、多くの方に見ていただきたいとも感じました。
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by ajisaishizenmura | 2011-02-23 08:23